2017年7月

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本日の修理品/ケイシイズ ラウンドジップウォレット
何年かお使いいただいているエレファントのジップウォレット。
プルタブの下のDカンにチェーンを付けてご使用いただいていたところ、カンの取り付け部分の革が千切れてしまったとのこと。
早速ケイシイズに問い合わせたところ、工場から修理不可能という返答が来た。
プルタブの下部は最初の工程で本体に縫い付けられており、(新たなパーツで)付け直すとしてもバラバラにしなければならず、再縫製が困難ということらしい。特にエレファントの場合は、強度が保てないという事だった。
仕方ないので、何か別の手立てを講じて、チェーンを固定できるように検討中。

画像1/凸面に艶が出たエレファントレザー。

画像2/Dカンを留めていた部分が千切れた状態。

画像3/プルタブを留めているカシメの裏側。タブの下端はこの奥にステッチで留められている。
DUBBLE WORKS
ダブルワークスっていうブランド、ご存知の方も多いかも…。
かつては「ウエアハウス」の1ブランドだったので、私はずっとその認識だったが、今はニット中心の独立ブランドなんだそう。
経営母体は、創業90年になる大阪のメリヤス屋さんらしい。この職人のいない時代に、国内生産にこだわってモノづくりをつづけている。
昨日、サンプルが詰まった大きなトランクをゴロゴロ引きながら、駅から遠い当店に営業さんがご来店。
エアフォースパッチ完成
引き続きショルダーパッチの製作。

画像1/リングと羽根の細部を描き込み。

画像2/少しくすんだブルーを作って背景をペイント。

画像3/ペイントが乾いたら、馬革のトリミングを付けて完成。
本日のニュースより
蓮舫氏「戸籍謄本を公表するとは言っていない」

民進党の蓮舫代表は13日の記者会見で、自身が日本国籍と台湾籍の「二重国籍」だった問題について、既に台湾籍がなく、問題は解消されたことを証明する資料を、18日に公表すると明らかにした。
「(証明資料として)何を示すかは今、弁護士を含めて整理している」と語るにとどめた。
「戸籍謄本そのものを公表するとは言っていない」とも述べ、日本国籍を選んだ日付が確認できる戸籍謄本の全面開示については否定的だ。蓮舫氏は昨 年10月16日、日本国籍の選択宣言を同年10月7日に行ったと表明した。しかし、戸籍謄本などを公表しなかったため、党内から説明を求める声が 出ている。国籍法によると、二重国籍者は原則22歳までに、日本国籍か外国籍かを選ばなければならない。蓮舫氏が選択宣言を昨年行ったことが真実だとしても、長年にわたり国籍法の義務を履行していなかったことに変わりはない。
(以上引用)

言を左右して、結局戸籍を開示しないでごまかす気満々。
代議士としての資格要件を問われているのに、差別問題にすり替えて国民に訴えるド厚かましさ。
これが自民党議員だったら、マスコミは狂ったように連日連夜叩くに違いない。
エアフォースパッチ鋭意製作中
本日は絵描き仕事に専念。
フライトジャケットに縫い付けるエアフォースパッチの店頭販売用。
ベースにするのは1ミリ程度に漉いたヌメ革。
革の表面に傷が多くて、型入れの段階でロスも結構出てしまう。

画像1/この革はあらかじめバンドナイフで薄く漉いて納品してもらった。革は面積を1デシ(10センチ×10センチ)で割って取引価格を算出する。傷の有無はあまり価格に影響しない。

画像2/白い星の部分は大まかに塗り、後で背景のブルーで境界をきっちり塗り分ける。小さな星の出隅部分を筆で追っていくのは困難で、背景で塗り分けた方が綺麗に仕上がる。

画像3/毎回調色は決まった配合で行わず、一点ずつ多少のバラツキが出るように描いている。
アタリ付け
2年前にお買い上げいただいたエターナルの811。
玄人筋から評価の高い、力織機で織られたゴリゴリの生地。
この製品は一回水を通して糊を飛ばしただけの状態で販売しているので、洗濯、乾燥による若干の縮みを考慮に入れないといけません。販売時に見計らいで長めに裾上げしましたが、2年が経ち、何度も洗ってもうこれ以上縮むことも無いので、あらためてジャストで経ち直しました。
裾線のアタリも裁ち落としてしまったので、裾上げ後に少し表面を荒らしてお渡しいたしました。
「二重国籍」問題の民進・蓮舫代表が戸籍謄本開示へ

民進党の蓮舫代表は11日、東京都議選の敗因を総括するための国会議員会議に出席し、台湾籍と日本国籍の「二重国籍」問題をめぐり、日本国籍の選択宣言を証明するため「戸籍謄本をいつでも公開する用意がある」と述べた。蓮舫氏は家族のプライバシーを理由に謄本の公開を拒んできたが、会議では「懸念だった子供が成人したので、速やかに対応したい」と述べた。同日の党執行役員会でも同様の意向を示した。
蓮舫氏は25日にも開く党両院議員総会で事実関係を説明したうえで、近く謄本を公開するとみられる。
(以上引用)

ババアの家族のプライバシーなんかに誰も興味無いんだから、さっさと公開しろや。
何時、外国籍から離脱したのかが問題で、そのあたりを明確にしてもらわないとね。
どのみち、民進党にもう復活の目は無いけれど…。
経年変化
2009年に店内で製作して販売したショルダーバッグのひとつ。
製作時、蓋の素材には3種類の牛革を使い分けたが、その中で一番硬くて無表情だったのがこの濃茶のベジタン。
お客様が8年使い続け、繊維が解れて程よい柔らかさと、深みのある色合いに変化しています。

画像1/現在の状態。

画像2/販売時の画像。
ウォッチブレスカスタム
ケイシイズのコードバンを使ったウォッチブレス。
文字盤を固定している5セントコンチョを、ファニーのビクターコンチョに交換して納品します。
コンチョのネジが収まる部分の形状が異なるので、穴を開け直して収まりをつけます。

画像1/ビフォー。

画像2/ファニー製のビクター21ミリ(925シルバー)に交換してグレードアップ。

画像3/ホールに収まる軸の直径はコンチョにより異なります。

画像4/ビクターコンチョに合わせ修正。

画像5/アフター。
オイル交換
と、いっても車ではなく工業用ミシンの話。
当店の中では使用頻度の高い厚物用の地縫いミシンは、昔半田駅前の山之内ミシンさん(昨年廃業)にお世話いただいたもの。
それ以前にはどこかの工場で使われていたはず。
使いやすいように付属を交換したりはしたが、機関部はそのままで、ほとんど故障知らず。
メンテナンスとしては数年ごとのオイル交換ぐらい。
このタイプは自動給油で、ヘッドの下側がオイルパンになっているので、オイルの色が変わってきたと思ったらドレンを抜いて交換する。
ミシンの種類によってはオイルパンが無く、少し使ったら各部に空けられた油壷に給油するタイプもある。

画像1/ブラザーのDB2改。

画像2/ヘッドの奥側が天板に蝶番で留められていて、ヘッドをゆっくり持ち上げて後ろに倒すとオイルパンが現れる。マシンオイルが劣化していて、細かいゴミも溜まっている。

画像3/オイルパンの底にドレンボルトがあり、マイナスドライバーで外すと、下にオイルが抜けるようになっている。

画像4/下側のドレン口に適当なペットボトルを当ててドレンボルトを外し、オイルを受けたが、もう少しでペットボトルから溢れ出すところだった。危ない危ない。左は出光のマシンオイル。

画像5/オイルを抜いたあとにオイルパンに残った細かいゴミを除去。

画像6/ドレンボルトを締めて新しいオイルをレベルまで流し込み、交換作業完了。
運動靴の「靴底の剥がれ」が原因で転倒する事故が発生 消費者安全調査委員会が注意を呼びかけ

消費者安全調査委員会は、スニーカーなどの運動靴の「靴底の剥がれ」が原因で転倒し負傷する事故が起きているとして、靴底に関する情報提供をすると同時に注意するよう呼びかけています。事故は「10年前に購入し、最近は週1回程度履いていた 靴(スニーカー)を履いて歩行中、靴底の剥がれが原因で転倒し負傷した」といったもので、2010年~2016年の間に集められた事故情報の中で類似事例は34件ほどあり、継続的な発生が見られています。
(以上引用)

今週来店したエターナルの営業さんもスニーカーのコレクターで、相当数の高額品をサランラップで巻いたりしてストックしていたらしいが、結局ソールが全部ダメになり、泣きながら処分したそう。
ほとんどのスニーカーは、ソールにポリウレタン(PU)の緩衝材を使っているので、当たり前といえば当たり前。
使おうが使うまいが、ポリウレタンは空気中の水分を吸って勝手に分解が始まります。
一見どんなに状態が良くても、10年も経過していればスカスカになっていて、履き出せばすぐ底が崩壊します。高額なスニーカーだって物性的には同じです。そして、平底のローテクスニーカー以外は、ほぼ修理不可能なのです。
スニーカーは、新品を買ってすぐに履き、3年くらいで履き潰すというのが、正しい扱いかと個人的には思います。
クマバチ(又はクマンバチ)
この時期に活動が活発になるクマバチが、今年も当店のランバーデッキの梁に開けた穴に出入りしている。
昔の電柱みたいな丸太の梁に、きれいにドリルで穿ったような丸穴が間隔を開けて3つ開いている。去年までは2つしかなかったが、いつのまにか1個増えていた。
クマバチは大きくて威圧感があるが、攻撃性は無くてほとんど人畜無害らしい。
夏を過ぎると居なくなるので、特に駆除もしないで放置している。
いただきもの
昨日、当店のお客様でもある常滑市のとりとんさんへ食事に行ったときにいただいた。
鳥取にある金持神社のお守り。同年会旅行で参拝されたそう。私は全く知らなかったが、商売繁盛の社として昔から有名なんだそうだ。
この地を由来とする「金持」姓の人も全国に一定数いるという。
しかしそんな姓で、実際に金持ちじゃないと、名前負けしたような気がしないでもない。
貧乏人でも「おーい、金持ち君!」とか呼ばれるのだから、無駄にプレッシャーの大きい人生で、お気の毒ではある。
ところで、とりとんさんは空港近くにあるため、大挙して押し寄せる支那人の傍若無人なふるまいにほとほと嫌気がさし、今では入店を断っている。
入口には、中国語と英語でその旨張り紙もしてあるが、それでも素知らぬ顔で入ってくる支那人は後を絶たないようだ。
当地にはたいして影響が出ていないが、今日、倉敷児島のエターナルの営業さんが来店予定。
納品も兼ねて車で出発しているはずだが、岡山方面は大荒れのようで、ここまで無事にたどり着けるのだろうか?
名著であるため、ご紹介
『流星ひとつ』沢木耕太郎著 新潮社

藤圭子の日本人形のような端正な顔立ちと、それに似合わぬハスキーボイスは強烈な印象で、今中高年を迎える世代にとってはまさに大スタアであった。
本書は、著名なノンフィクション作家の沢木耕太郎氏による昭和の歌姫藤圭子との対談を纏めたもの。
このインタビューがおこなわれたのは1979年暮れのこと。彗星のようなデビューを飾った藤圭子は28歳になっており、前川清との結婚、離婚を経て芸能界引退を唐突に発表、引退コンサートの直前であった。一方の沢木は『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、大きく注目されていたころ。諸般の事情でお蔵入りになっていたこのロングインタビューは、藤の自殺後の2013年に出版された。
一対一の会話だけで構成されたこの本では、当時の芸能マスコミがまともに報じていたとは言い難い、藤圭子の人となりを垣間見ることが出来る。
両親ともに旅芸人の浪曲師で、父親は理由も無く妻子に手を上げるような粗暴な男、母親は全盲、三人兄妹の末っ子で、絵に描いたような極貧家庭に育つ。長期間両親が興行に出る間は、子供三人で暮らすこともあったようだ。今なら確実に児童相談所が介入するような家庭環境だった。10代になると両親とともに舞台に立たされる。生来頭が良くて学校の成績も良かったが、進学をあきらめて歌手の道に。当時無名だった作詞家の石坂まさをに見いだされ、18歳で本格デビューし、その年のうちにヒット曲を連発する。
沢木との問答では、
「たとえばさ、あたしの歌を、怨みの歌だとか、怨歌だとか、いろいろ言ってたけど、あたしにはまるで関係なかったよ。あたしはただ歌ってただけ」
「そこに、あなたの思い、みたいなものはこもっていなかった?」
「全然、少しも」
といった調子で淡々と語り出す藤。
物心つかないうちから、本人の意思とは無関係に芸能の世界に身を置き、スタアとしての気負いもなく、自分自身のことを突き放したかのように受け答えする。20代にして、ある種の諦観のようなものも身につけているように感じられる。
過剰なスキャンダル報道にさらされ、ジャーナリズムに対しては強烈な不信感もあったにちがいない。
しかし沢木とのウォッカを飲みながらのインタビューでは、酒が進むにつれ少しずつ打ち解け、やがて引退騒動の核心部分にも触れる。
ここまでの大スタアが、引退を決意するに至った理由は意外なものだった。
藤圭子はその後渡米するが、数年後に帰国してカムバックを果たす。一方で再婚して母親となり、その子も宇多田ヒカルとして歌手の道に進む。
しかし徐々に精神を病んで感情のコントロールを無くし、生活は荒れ、最後は自害に至る。
沢木耕太郎は、当時藤への配慮からお蔵入りとしたこのインタビューを、あらためて世に問うことにした。
類まれな才能と、美貌と、驚くほどまっすぐな心を持った藤圭子という女性。
表題通り、煌めく流れ星のように生きた昭和の歌姫の魅力が詰まった名著。
…合掌。

フェイク塗装(その拾壱)
ドアの開閉を制御するクローザーの無機質な粉体塗装が気に入らなかったが、形状が複雑なこともあって、なんとなく手を付けずにいた。
ペイントする時にはドアから取り外さなきゃと思っていたが、今回そのままの状態で脚立に乗って塗装してみることにした。入り組んだところはドアと同色のグリーンのペンキで刷毛塗りすることでマスキングを省くことが出来る。
要所要所にテクスチャーを盛り付け、2色の錆塗料で程よいボロさを演出してみた。

画像1/ビフォー。

画像2/サンドペーパーで表面を荒らして足付け。

画像3/錆が進んで、グリーンのペンキが剥がれ落ちたイメージ。

画像4/アフター。

サドルソープで丸洗い
先日三ヶ根山登頂で酷使したトレッキングブーツを丸洗い。
革のステッチ部分や、ゴアテックスの目地に入り込んだ砂埃を落とし、内部もきれいに洗い流して日陰干し。
以前からいろいろとご紹介していますが、革の種類にかかわらず、手順を間違わなければどんなものでも水洗いできます。表面をブラッシングするだけのメンテナンスでは、どうしても汚れが残ってしまいます。
近年、レザーを丸洗いする専門業者もでてきていますが、DIYでも充分可能です。

画像1/洗濯後は、風通しの良いところで日陰干し。

画像2/汚れとともに古いオイルも抜けているので、あらためてオイルでメンテナンス。

画像3/トゥの部分を磨き上げ。