名著であるためご紹介

名著であるためご紹介
『密告者ステラ』ピーター・ワイデン著 原書房

以前メリル・ストリープ主演で「ソフィーの選択」というホロコーストをテーマにした映画があった。
本書もナチのユダヤ政策で死に瀕した女性の話である。ただしこのステラという実在の女性は、ゲシュタポの手先となって多くの同胞を死の収容所に送り込んだのである。著者はこのステラのかつての学友で、アメリカ移住によって難を逃れたが、ナチの台頭下で国内に取り残されたユダヤ人達は絶滅政策の犠牲となる。ドイツ人の冷徹な合理主義は戦時体制でもいかんなく発揮され、ユダヤ人によるユダヤ人狩りというおぞましい政策がすすめられる。すなわち特定のユダヤ人をナチスの協力者として徹底的に活用するというもの。自己保身の心理を突いたこの作戦は実績をあげ、多くのユダヤ人がユダヤ人の手によって収容所送りとなった。ステラ自身も、あるとき知り合いのユダヤ人に密告され、ゲシュタポの手に落ちることに。拷問を受け、共に捕われた両親が絶滅収容所送り寸前となるに至って、ステラはゲシュタポへの協力を承諾する。こうしてベルリンの悪魔こと「密告者ステラ」が誕生し、生来の美貌と機知で次々と旧友たちの潜伏場所を探し出しては逮捕していく。
そして、ソ連侵攻によってナチスドイツが崩壊した後、ステラは一転ナチ協力者として捕らえられ、頭髪を刈られ、ソ連当局から10年の強制労働に処せられる。さらに刑期を終えた後にもユダヤ人同胞からの糾弾の嵐は止むことはなかった。
アメリカに亡命した著者は、米軍兵士として故郷ベルリンに赴任した。そこでかつて憧れた同級生がゲシュタポの手先となっていた事を知り、深い苦悩とともに調査を始める。そして数十年の後、別名でひっそりと暮らすステラの居所も探し当てる。全く異なる立場で対面するかつての同級生。ステラは自己弁護に終始するが、その数年後に自殺する。本書が出版されたのは調査開始からなんと46年後である。
人は生死の境でどういう選択をするのか。異常な状況下での行為を誰が裁きえるのか。ステラだけではなく、戦時下のユダヤ人たちの様々な生き様を通して本書は問いかけてくる。