名著であるため、ご紹介

名著であるため、ご紹介
『原節子の真実』 石井妙子著 新潮社

原節子といえば、戦前から戦後にかけての銀幕の大スタアというぼんやりしたイメージしかない。
作品としては、モノクロの小津作品を一本観たくらい。引退後は完全に表舞台から姿を消し、マスコミからの取材は一切オミットする徹底ぶりがかえって神秘的な印象だった。著者の石井妙子さんも何度か晩年の原節子にアプローチを試みたが、親族に阻まれてインタビューもかなわず、生死すらわからなかった。訃報が流れたのも、個人の意思によって、亡くなった数か月後の発表によるものだった。
それでも丹念な周辺取材によって、この女優の人となりを解き明かしていく。
裕福な生糸商の家に生まれながらも、世界恐慌の波にのまれて家業は没落し、成績抜群であったにもかかわらず進学を断念。さらには母親の精神疾患もあり、10代で大家族の稼ぎ手となるべく映画界に飛び込む。節子には全く馴染めぬ世界で、当初はその世界の住人と交わることなく、空き時間はひたすら読書に熱中する日々だった。女優としての意識もないまま、大監督に抜擢され、スタアとして歩み始める節子。戦中は軍部の求めるまま戦意高揚映画に出演し、女優として本格的に開眼するのは、戦後しばらくたってからのことだった。仕事に対しては真摯に取り組みながら、スタア然としたところは無く、暮らしも地味なままで、読書を欠かさない生活。年齢とともに、娘役から母親役となるが、従来のイメージを打ち破るような役のオファーはなかなか来ない。一方で、キャメラマンとなった実兄が目前で事故死したり、強烈な照明を浴び続けたことで片目の視力を無くすような不幸にも見舞われる。
引退後は、完全に社会との関わりを断ちながらも、社会に対する関心は持ち続けていた。
阪神淡路大震災の時は、真っ先に高額な寄付をしている。
昭和を代表する美人女優が、本当に望んだ人生は銀幕の中には無く、むしろ早期引退後の家族との穏やかな時間こそが、彼女が追い求めたものだったのではないか。
原節子の生涯とともに、戦前から戦後にかけての日本映画の勃興期を知ることのできる一冊。