2013年10月

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本日の修理品
かなり長くお使い頂いているファニーのライダースウォレット。
外回りのステッチが数カ所解れ出していますので、縫い直しです。ミシンはプーリーをゆっくりと手回しして元の穴に針を落としていきます。
仕上げに全体に保革油を塗ってやり、900シルバーのコインコンチョを磨いて修理完了です。

画像1/ビフォー

画像2/アフター

画像3/ビフォー

画像4/アフター

画像5/ビフォー

画像6/アフター
スコードロンパッチ鋭意製作中
N-3に取り付ける変形パッチをレザーで製作中。
このところいろいろな作業が集中しており、作業スペースとの兼ね合いで前後しながら進めております。
本日の修理品
実物のMA-1、1970年代の8279Eの階級章の付け直しです。
樹脂製の階級章が大雑把に付けられていますが、隅がほつれてきています。裏地も皺が寄った状態で縫われて固定されているので修正してやります。階級章は何度か付け直されたようで外回りに細かい間隔で穴があいています。切り取り線のようになっているので、ややピッチを拡げて縫い付けを行います。
初秋の三ヶ根山・殉国七士廟再訪(その弐)
毎回立ち寄る廟の案内人Iさんの休憩所は、残念ながらこの日臨時休業でお会い出来なかった。
いつも休憩所周辺を徘徊している猫たちもほとんど見かけない。
休憩所付近には三ケ根観音のお堂があり、さらに一段高くなったところには比島観音が設置されている。周辺には多数の石碑や地蔵がところせましと立ち並ぶが、南方戦線に関連したものが多い。

画像1/比島観音近くに大東亜戦争のモニュメントとして設置してあるプロペラの付いた三菱製の瑞星エンジン。14気筒、1080馬力。戦後になって遠州灘で底引網に引っかかって引き上げられた。当初はゼロ戦に搭載されたものとされていたが、その後で違う機種用だった事が判明したとの添え書きがある。

画像2/殉国七士廟はそれら石碑群から数百メートル離れたところに建立されている。入り口に設置された巨大な石柱。高さ5メートル以上はありそう。

画像3/戦勝国からA級戦犯とされ、断罪された方々の遺骨がここに納められた経緯を綴った石碑。

画像4/今回も無事参拝を終え、下山を始めると突然の通り雨に見舞われた。岩場がつるつるして足を取られるのが難儀であった。帰りの道中では群生する渋柿を発見。せっかくなので赤く熟したものを口に入れてみると、まったく渋くはなく、充分食べられるものであった。

画像5/同行のHさんによれば、黄色い渋柿も焼酎に漬けると甘みが出て食せるとのこと。ムカゴや野いちご、前回のヤマモモなど、年間通じて山の幸が豊富な三ケ根山であった。
初秋の三ヶ根山・殉国七士廟再訪(その壱)
10月とはいえ残暑厳しく、通り雨にもたたられた今回の登頂。
なにより行く手を阻んだのは、伸びきった雑草と、登山道全域に張り巡らされたクモの巣であった。トレッキングポールはもっぱらクモの巣をはたくのに使われ、山頂にたどり着いた時には全身クモの巣と雑草のタネまみれになっていた。

画像1/いつも利用するJR半田駅。いにしえの職人ワザで鉄と木材で組み上げられた明治時代の跨線橋。

画像2/JR三ケ根駅から登山口までは徒歩30分位。いつも途中のコンビニでお供え用の酒を購入して山道に向かう。

画像3/夏の間に伸びきった雑草で登山道が見えない程。全域がクモの巣だらけ。

画像4/途中には倒木がいくつもある。

画像5/中腹の地点で突然視界が開け、北側の山の稜線が見える地点がある。この時期でもセミが鳴いていた。

画像6/いつもより体力を消耗し、やっとの思いで頂上に到着。ロープウエイ跡地から見た東側(片原温泉側)の風景。

画像7/山頂から一望した渥美半島。かなりクリアに遠方まで見渡せる。