2009年12月

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B-6 ネームプレート製作
週明けからは茨城県のお客様のオーダーで、B-6とA-1のネーム製作、縫い付けにかかっています。B-6はB−3と同じ羊革のフライトジャケットですが、毛足が少し刈り取られて短く、運動性が向上しています。比較的軽いので街着としても着易いアイテムです。
ネームの刻印は任意に決めていただくのですが、今回はB.RICKSONで製作いたしました。縫い付けの際は、モーターをオフにしたミシンで手送りで縫っていきます。ムートンへの縫い付けは、機械のセッティングに時間がかかります。実際に縫う時間よりもセットしてテンションを調整する時間の方がかかるぐらいです。革製品の縫製は、布製品のようにやり直しがききません。先端が菱になった針で繊維を切り開きながらザクザク縫っていくので、穴が開いた箇所は元に戻りません。何度も縫い直しなどしていたら、切り取り線のようになって革が切れてしまいます。一発勝負の世界なのです。
名著であるため、ご紹介
『大人たちの失敗』櫻井よしこ著 PHP文庫
私が心から尊敬する保守論壇の巨星、希代の女傑、櫻井よしこさんの著書です。
7〜8年前に刊行されたものの文庫版です。日本の教育、福祉、環境などの社会問題から始まって憲法、外交、国防問題まで素晴らしい見識で斬りまくります。このお方は、いっそ政治家に転身していただきたいぐらいですが、残念ながらご本人にそのつもりは無いようです。
当店をご利用いただいている自衛隊関係者の方々ならずとも、日本人なら誰でも思わずふんふんと頷いてしまうような内容です。
ご一読あれ。
エアフォースパッチ
今日はお客様のオーダーで、フライトジャケットの左上腕に縫い付けるウイングマークの刺繍にトリミングをつけています。このウイングマークのデザインは、最近Tシャツや、スウェットのプリントに多用されるようになりましたね。所ジョージさんの影響でしょうか?所さんといえば、昔深夜のラジオ番組でDJをしていたのを聴いていました。番組中にギターを弾いて歌ったりもしていましたが、あまりにもヘタクソすぎて、強く印象に残っています。テレビでブレイクするずっと前ですけど…
さて、この刺繍パッチ本体はデッドストックで、当店で長年にわたってちびちびと販売しているものです。製品染め(丸染め)されていて渋い色合いなので隠れた人気商品です。トリミングに使った革は、懇意にしているレザー作家の方から提供を受けています。赤茶色のタンニンなめしで、オイルを入れてやると、じわりと浸透していきます。
フライトジャケットは、もともとシンプルで特徴のないものですが、オーナーのセンスでワンポイント加えてやるだけで表情が出てきますね。
フライングスカル
今日は埼玉県のお客様からご注文頂いたフライングスカルのパッチを描いています。メールに当時の実物の画像を添付していただいたので、そのイメージにそって製作しています。中古風にというリクエストですので、少し色焼けした感じで仕上げます。ベースの革はタンニンなめしで、繊維の多いものを使ってみました。微妙に顔料を多く塗ったので、ひび割れ効果も期待出来ると思います。この後、無地のA-2のボディに縫い付けて完了です。
スタッズワーク
昨今のスタッズブームで、婦人服や、子供服の世界にまで浸透したスタッズですが、皆さまはどんなイメージをお持ちでしょうか?ちょっと古い世代の方はパンクロッカーを思い出す人が多いかもしれません。しかし元々は、馬具の飾り鋲として発展したもので、ウエスタンファッションの一アイテムなのです。古くは1900年頃の鞍やガンベルト、チャップスなどに装飾として用いられています。
今回は、バッカルー社のトートバッグのマチ部分に、フラワーパターンで打ち込んでいます。スタッズ自体も、手芸センターなどで販売している一本足のカシメ式ではなく、スタンダード社の真鍮製の二本爪スタッズ(HTCが使っているものと同じです)を一つ一つ手打ちしています。奥まったところに打ち込むのは大変ですが、以前当店のお客様さまからいただいたジグを使って作業を進めています。
このトートバッグは(記念日に)奥様へのプレゼント用にということですので、納期厳守で納めさせていただきます。
本日の修理品
本物のビンテージ、50年前のリーバイス501XX(ダブルエックス)です。遠く茨城県から修理依頼をいただきました。年代相応に全体にやれていますが、なんとか着用出来るレベルまで手を入れたいと思います。
20年位前、古着商だった頃、ジーンズは千本以上扱いましたが、XXモデルは既に別格扱いでした。それでも異常にバカ高くはなく、サイズ、コンディション共に良いもので、店頭で3万円位で販売していました。ちなみに赤耳(66)は5800円、レギュラーで4800円でした。しかしその後の古着バブルで状況が一変、アメリカ本土での価格が暴騰し、程度が落ち、サイズも揃わずで普通のビジネスにはならなくなりました。私は早々に見切りをつけ、アパレル時代のツテで、国内のレプリカもの中心に切り替えましたが、古着輸入にこだわった方々は大変だったと思います。なんといってもアメリカの古着ディーラーはユダヤ系(一部アラブの人もいましたけど)で、しっかりとカルテルをつくり、油断も隙も無く、強力なネゴシエーションが必要になります。日本人同士のように信義で通じる事はありません。『友愛』なんてバカなこと言ったりしたら徹底的にムシられるでしょうね。きっと。