名著であるため、ご紹介

名著であるため、ご紹介
『警察庁長官を撃った男』鹿島圭介著 新潮社

驚くべき犯行動機と、それを裏付ける綿密な取材によって、著者は真犯人を特定します。
そしてこの事件が時効を迎えた直後に、警察幹部がわざわざ記者会見をひらいてまで、オウム真理教の疑いが濃厚と発言したことがまったくの茶番であったことを教えてくれます。
真犯人・中村泰は老境にさしかかった希代の犯罪者ですが、思想的な背景をもった確信犯でもあります。天才的な知能を持ち、戦後東大に入学後、当時武装路線を捨てていなかった共産党に入党、武装闘争資金を得るために自動車盗や金庫破り、果ては拳銃強盗をくり返し、ついには警官を射殺して逮捕され、20年間服役します。出所後は、ゲバラに触発され、単身ニカラグアに渡りゲリラとの共闘を図ったり、米国内で射撃のトレーニングを受け、偽名で購入した多数の銃器を日本に密輸し、国内で少数精鋭の軍事組織を立ち上げつつ、資金獲得のため、銀行強盗を再開します。
この男の実に不思議なところは、極左でありながら、少年期には橘孝三郎や三上卓といった大物右翼の門下生であり、その影響をぬぐいきれないところでしょうか。
やがてその複雑怪奇な正義感は、邦人拉致の情報がささやかれ始めた北朝鮮に向けられ、さらには背景に北朝鮮がいるのではないかと言われたオウム真理教をたたくことに向けられます。
そこで不作為で腰の引けた警察トップに鉄槌を下すとともに、オウムの犯行に見せかけ、一気にオウムを壊滅せしめる計画を立案、実行に移します。
中村泰はその後、またもや銀行強盗を起こして逮捕され、残りわずかな人生を、連続強盗犯として監獄の中で過ごす身です。
ひとりの強盗犯として人生の幕が引かれるのが忍びなかったのでしょうか。今、この老スナイパーは獄中で自ら口を開き、長官狙撃事件のことを語り始めたのです。
本書は、荒唐無稽な作話の類いではなく、徹底的な周辺取材によって纏め上げられた、驚愕の書です。