名著であるため、ご紹介

名著であるため、ご紹介
『睡魔』梁石日著 幻冬舎

『血と骨』の筆者がマルチ商法の実態を描いた作品。
フィクションとあるが、主人公の出自や経歴は筆者そのもので、かなりの部分、実体験をもとに描いたものではないだろうか。
事業に失敗し、大阪から出奔した主人公はタクシー運転手として生計を立てていたが、自堕落な生活で借金は嵩み、いよいよ生活に困窮する。そんなときに旧知の在日同胞から高額な健康器具の無店舗販売を持ちかけられ、最初は拒否するが、だんだんとその深みにはまっていく。
販売会社が、かき集めてきた人間をセミナーを通じてマインドコントロールしていく様は巧みである。ノルマの達成者には派手な演出で新車が贈られ、舞台装置のひとつとして有名芸能人のショーまでおこなわれる。いずれも挫折感やコンプレックスを持ち、成功体験のない人間達の心情に上手く働きかけ、強固な集金システムが出来上がるのだ。冷静に考えれば、必ず行き詰まるだろうことはわかりそうなものだが、目の前の成功者の体験談や、異常な高揚感で思考が働かなくなってしまうのである。
当然ながら販売先の開拓が続かなければしくみは破綻し、家族や友人を巻き込んだビジネスで残るのは借金と無価値な商品の山ということになる。親会社は一人勝ちを収めるが、無店舗販売自体が法に問われることはない。なぜならねずみ講と違い、商品の売買が中心にある以上(道義的にどうであれ)合法的なビジネスなのだ。常識的な無店舗販売業者との線引きも難しい。
今後もけして無くなることのないマルチ商法の実態を詳細に描き出した力作であった。
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そういえば民主党政権下では、マルチ商法の推進者で、マルチ業者から政治献金を受け取って業者を支援する議連まで立ち上げていた山岡賢次が、まさかの国家公安委員長、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全担当)を兼務するという冗談のような人事がおこなわれていた。