名著であるため、ご紹介

名著であるため、ご紹介
『絢爛たる悪運 岸信介伝』工藤美代子著 幻冬社

変わった題名だが、読み終えた後で、まさに岸信介元首相を現すのに適当な題名であると思った。
私が学生の頃、きらいな政治家の筆頭がこの人で、それは朝日新聞を始めとする捏造、歪曲マスコミの影響を強く受けていたためだ。その点は笹川良一氏も同じようなもので、この工藤美代子さんによる著書『悪名の棺』によって、その生涯が極めて冷静に検証され、その人となりを違った角度から見ることが出来たのは以前日記欄でもご紹介した。終戦後、この二人は同様にA級戦犯容疑で巣鴨刑務所に長期留置されている。東條内閣の閣僚だった岸は下獄する前、恩師にあてて「名にかえて このみいくさの正しさを 来世までも語り伝えん」とあくまでも日本の正当性を主張する覚悟をつづった歌を送っている。
旧満州時代からの長きに渡る政治家人生をきれいごとばかりで過ごしてきたわけではない。「昭和の妖怪」と呼ばれる清濁合わせ飲む度量の広さは、怪しげな連中を周囲に引き付けることもあったし、出所が怪しいカネでも、きちんと「濾過」されていれば躊躇わず受け取ってきた。そして何よりも強い「悪運」によって並みいる政敵を打ち負かし、日本の最高権力に到達するさまは、何か見えざる手に導かれているようでもある。しかしそれでもあの時代に日本の舵取りをするにはこの人の有無をいわせぬ実行力、そして明確な国家観は絶対に必要だったのだ。
時を経て、今国会ではその孫である安倍総理が、祖父の悲願でもあった憲法改正を含め、戦後レジームからの脱却を掲げて全力で諸問題にあたっている。祖父から引き継いだ政治家の血はより純化されているように思える。そしてその隣には、岸信介の政敵であった吉田茂の孫である麻生太郎氏が副総理として控えているのは歴史の皮肉でもあろう。
本書は大東亜戦争を挟んだ日本の歴史をひもとく上でも恰好のテキストとなること請け合いである。