名著であるため、ご紹介

名著であるため、ご紹介
『青年日本の歌をうたう者』江面弘也著 中央公論新社

昭和八年の五・一五事件の首謀者、三上卓海軍中尉は謎の多い人物である。
「話せばわかる」という犬養毅首相を「問答無用」といって射殺したクーデター未遂事件は何度か映画にもなっているし、そのやりとりは有名だが、三上中尉についてはその人となりや、思想についてはほとんど知られていない。
この筆者は偶然妻の家系が三上家に繋がるということで、ジャーナリストとしての興味でその生涯を追った。そして生来寡黙で、生前マスコミの取材は全く受けず、家族や門下生に対してさえほとんど口を開くことがなかった三上の人生を辿るのに、八年の歳月を要することになった。
死を賭した事件で下獄し、出獄してからもいくつかの事件に連座しては表舞台に現れ、世を騒がせた三上卓。書き残した文書は皆無に近いが、一方で書画や俳句を愛し、外国語にも堪能で、ピアノを弾き、尺八を奏でる文化人の顔も持つ。今に歌い継がれる「青年日本の歌(昭和維新の歌)」の作者でもある。多彩な人脈で心強い味方も多いが、敵も多く、複雑で毀誉褒貶の人生。世間的な評価など眼中に無く、金にも全く執着しなかった異端の右翼。交流のあった田中清玄は三上のことを「尊敬する、優れた実践家」と評している。
佐賀藩伝統の葉隠れ精神で育った男は、終世寡黙な行動派として人生を全うしたようだ。
本人が語ることの無かったその思想と行動を、徹底した周辺取材で纏めあげた労作。